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大分地方裁判所 昭和34年(レ)27号 判決

控訴人(引受参加人) 大山利平

控訴人(脱退) 竹下正勝

被控訴人 岡照子

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、引受参加人は、被控訴人に対し、別府市大字亀川字由原八十一番地の四宅地六十坪に建込みの木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建仮設浴室一棟建坪約二坪一合七勺並びに別紙図面に斜線を以つて表示した石塀(土地の北側境界線に沿つて東西十五、六八メートル、南側境界線に沿つて東西十一、二七メートル、東側境界線に沿つて門扉の南側及び北側いずれも南北三、六四メートルのもの)及び門扉(土地東側境界線に沿つて南北一、七九メートルのもの)を収去し、右宅地を明渡せ。

三、引受参加人は、被控訴人に対し同所八十一番の二鉱泉地一歩を泉源とする温泉権の四分の一の権利につき、大分県知事に対し、名義変更認可申請手続をせよ。

四、引受参加人と被控訴人との間に生じた訴訟費用は、引受参加人の負担とする。

五、原判決主文第一ないし第三項を次のとおり変更する。

(一)  引受参加人は被控訴人に対し別府市大字亀川字由原八十一番地の四宅地六十坪に建込みの家屋番号亀川三二六番の九木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺平家建居宅一棟建坪約二十坪七合五勺(登記簿上木造瓦葺居宅一棟建坪十六坪)を収去し、右宅地を明渡せ。

(二)  引受参加人は被控訴人に対し同所八十一番の二鉱泉地一歩の四分の一の持分権の移転登記手続をせよ。

(三)  引受参加人と被控訴人との間において、被控訴人が前項の鉱泉地を泉源とする温泉権の四分の一の権利を有することを確認する。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

控訴代理人及び引受参加人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求め、当審において請求を追加したうえ請求の趣旨を次のとおり述べた。

一、引受参加人は、被控訴人に対し、別府市大字亀川字由原八十一番地の四宅地六十坪に建込みの家屋番号亀川三二六番の九木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺平家建居宅一棟建坪約二十坪七合五勺(登記簿上の表示木造瓦葺居宅一棟建坪十六坪)及び木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建仮設浴室一棟建坪約二坪一合七勺並びに別紙図面に斜線を以つて表示した石塀(土地の北側境界線に沿つて東西十五、六八メートル、南側境界線に沿つて東西十一、二七メートル、東側境界線に沿つて門扉の南側及び北側いずれも南北三、六四メートルのもの)及び門扉(土地東側境界線に沿つて南北一、七九メートルのもの)を収去し、右宅地を明渡せ。

二、引受参加人は、被控訴人に対し、同所八十一番の二鉱泉地一歩の四分の一の持分権の移転登記手続をせよ。

三、引受参加人は被控訴人が前項の鉱泉地を泉源とする温泉権の四分の一の権利を有することを確認せよ。

四、引受参加人は、被控訴人に対し、前項の温泉権につき、大分県知事に対し、名義変更認可手続をせよ。

五、訴訟費用は、引受参加人の負担とする。

なお第一項につき仮執行の宣言を求める。

第二、当事者双方の事実上の主張

一、被控訴代理人は、請求の原因として、

(一)  被控訴人は、かねて宅地、鉱泉地、温泉権の買受け方を委任していた控訴人法定代理人竹下和助(被控訴人の実姉亡国貞みちよの内縁の夫)を代理人として、昭和二十九年六月十九日訴外高橋清より、別府市大字亀川字由原八十一番の四宅地六十坪(以下本件宅地という)、同所八十一番の二鉱泉地一歩(以下本件鉱泉地という)の四分の一の持分権及び右鉱泉地を泉源とする温泉権(以下本件温泉権という)の四分の一の権利をあわせて代金二十一万円で買受け右所有権及び権利を取得し、そのうち本件宅地については同年六月二十一日所有権移転登記をなした。一括売買の点については控訴人は原審昭和三十二年(ハ)第八八号事件の同年六月二十一日の口頭弁論期日において右事実を自白しているのでその自白を援用する。

(二)  しかるに、控訴人は、昭和三十二年四月三日ごろより本件宅地の西方の部分に木造瓦葺平家建住宅一棟建坪十六坪の家屋を、右宅地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺仮設浴室一棟建坪約二坪一合七勺をそれぞれ建設し、その後右住宅一棟を増築して木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺平家建居宅一棟建坪約二十坪七合五勺としたほか、別紙図面に斜線を以つて表示した石塀(土地の北側境界線に沿つて東西十五、六八メートル、南側境界線に沿つて東西十一、二七メートル、東側境界線に沿つて門扉の南側及び北側いずれも南北三、六四メートルのもの)及び門扉(土地東側境界線に沿つて南北一、七九メートルのもの)を設けて本件宅地全部を占有し来たつた。その後、引受参加人は、昭和三十五年七月四日、控訴人より、右家屋、石塀、門扉を買受けて所有権を取得し、同月七日右家屋について大分地方法務局別府出張所受付第七〇二一号をもつて所有権移転登記を経由し、かつ、その引渡しをうけて現に本件土地を占有している。

(三)  又前述のように、被控訴人は右竹下和助に対し右宅地等の買受け方を委任した関係上、同人に対し、本件鉱泉地の四分の一の持分権移転登記手続並びに本件温泉権の四分の一の権利の名義変更手続をも委任しておいたところ、同人はこれを奇貨として、被控訴人に無断で昭和三十一年九月十一日控訴人のため、大分地方法務局別府出張所に右鉱泉地の持分移転登記申請をなし、同日受付第八〇七一号を以てその旨の登記を経由し、右温泉権の四分の一の権利については、同日大分県知事に対し控訴人名義変更認可申請をなし、同年十月八日これが認可されて、大分県別府保健所の温泉台帳にその旨登載せられた。その後、引受参加人は、昭和三十五年七月四日、控訴人より、前記家屋等とともに、右鉱泉地の四分の一の持分権及び右温泉権の四分の一の権利を買受け、鉱泉地については同月七日大分地方法務局別府出張所受付第七〇二一号をもつて持分権移転登記を経由し、温泉権についてはその頃大分県知事に対し引受参加人名義に変更認可申請をなし、同年十一月十六日これが認可されて右温泉台帳にその旨登載せられた。しかしながら、控訴人が右鉱泉地の持分権及び温泉権の四分の一の権利を有しない無権利者である以上、引受参加人において右各権利を取得するいわれはなく、登記簿及び温泉台帳の登記、登載はいずれも事実に符合しない無効のものである。

(四)  よつて、引受参加人に対し、本件宅地上に存する前記家屋、石塀、門扉を収去して右宅地の明渡し、本件鉱泉地の四分の一の持分権の移転登記手続、本件温泉権の四分の一の権利が被控訴人に存することの確認、及びその名義変更認可申請手続をそれぞれ求めるため、本訴請求に及んだ。

(五)  なお、本件温泉権は、別府市地方において売買等取引の目的物となる慣習があり、慣習法上の物権である。公示方法として、大分県別府保健所備付の温泉台帳に被控訴人名義を登載させるには、引受参加人に対し大分県知事に対する名義変更認可申請手続を求める必要がある。

(六)  控訴人の自白の撤回については異議がある。控訴人が、本件鉱泉地の持分権及び温泉権を訴外高橋清より昭和三十一年九月十一日買受けた旨の主張は否認する。

と述べた。

二、控訴代理人(脱退前)は、答弁として、

(一)  請求原因(一)の事実中訴外高橋清がもと本件宅地、鉱泉地の四分の一の持分権、温泉権の四分の一の権利を所有していたこと、本件宅地について、被控訴人主張の日に被控訴人のために所有権移転登記がなされたことは認める。

同(二)の事実は、全部認める。

同(三)の事実中、本件鉱泉地の四分の一の持分権について、被控訴人主張の日に、控訴人さらに引受参加人のため、順次被控訴人主張のような各持分権移転登記がなされたこと、並びに本件温泉権の四分の一の権利について、被控訴人主張の日、その主張のような申請により大分県知事の名義変更認可を得、控訴人さらに引受参加人が、大分県別府保健所備付の温泉台帳に名義人として順次登載されたことは認める。

(二)  しかしながら、その余の事実は、すべて否認する。

控訴人は、かねてより別府市内に宅地を求めていたが、本件宅地については、昭和二十九年三月十二日ごろ、控訴人法定代理人竹下和助により訴外高橋清から代金二十一万円で買受け、本件鉱泉地の四分の一の持分権及び温泉権の四分の一の権利については、同三十一年九月十一日、右法定代理人和助により右高橋から代金三万円で買受け、前記のとおりその旨右鉱泉地の持分権移転登記をなし、かつ、温泉台帳に権利者を控訴人名義に変更する旨登載をうけたものである。

この点について、控訴人は、原審昭和三十二年(ハ)第八八号事件の同年六月二十一日の口頭弁論期日において右宅地、鉱泉地持分権、温泉権を一括して同二十九年三月十二日ごろ右高橋から代金二十一万円で買受けた旨の記載ある答弁書に基いて陳述し、被控訴人はこれを自白として援用するが、右自白は真実に反し、かつ、錯誤に出たものであるから、撤回する。

本件宅地について、控訴人が自己名義に所有権移転登記をなさず、被控訴人名義に登記をなしたのは次の事由による。すなわち、右和助は、右宅地を買受けた直後右宅地上に家屋建築を企図し、その資金として訴外国貞あさの(被控訴人及び和助の内妻亡国貞みちよの実母)に金七十万円の貸与方を懇請したところ、同人より右金員貸与の条件として、右宅地の所有名義を被控訴人名義にすることを求められ、和助はこれを承諾し、その送金を待つていたところ、被控訴人の夫訴外岡洋より同年五月二十二日に金十万円、同年六月十八日に金八万円の各送金があつたので、あさのとの右約定に従い、前記のとおり、同年六月二十一日担保提供の意味をもつて右宅地につき被控訴人名義に所有権移転登記手続をなしたものである。

(三)  本件温泉権は、物権とはいえない。法令上温泉権を物権とみとめる根拠はない。別府市地方において、売買等取引の目的物となる慣習があることは認めるが、温泉台帳の登載が公示方法であるとする慣習法の存在は証明されない。従つて、温泉権を物権として確認を求める利益はないし、温泉台帳上の名義変更を求めることはできない。

と述べた。

三、引受参加人は、請求の原因について、脱退前の控訴人の答弁をすべて援用すると述べた。

第三、証拠の提出並びにその認否

被控訴人は、甲第一ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一、二、第十及び第十一号証、第十二号証の一、二、第十三号証の一、二、第十四ないし第十六号証、第十七号証の一、二、第十八号証を提出し、原審証人高橋清(第一、二回)、同国貞あさの、原審及び当審証人岡洋、当審証人国貞実行の各証言及び原審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二の成立は不知、同第十一号証の成立は否認、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

控訴人は、乙第一号証の一、二、第二ないし第十一号証を提出し、原審証人山崎幾平、同瀬口スエノ、同竹下茂、原審及び当審証人高橋清(原審は第一回)、同川島秀夫(当審は第一、二回)、同田坂積春、当審証人上田隆、同川崎才太、同竹下喬、同伊藤倉太の各証言及び原審及び当審における控訴人法定代理人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立はいずれも認めると述べた。

第四、控訴人は被控訴人の承諾を得て本訴訟より脱退した。

理由

第一、一、本件宅地、鉱泉地の四分の一の持分権、温泉権の四分の一の権利(以下これを本件係争物件と称する)を前主訴外高橋清より買受けた者が控訴人か被控訴人かは別として、これらが右訴外人から代金二十一万円で一括して売り渡されたことは当事者間に争いがない。もつとも控訴人は右一括売買の点につき、原審昭和三十二年(ハ)第八八号事件の同年六月二十一日の口頭弁論期日において、被控訴人の主張に対し右事実の存在を自白したのであるが、右自白は真実に反し錯誤に出たものであるから撤回すると主張するけれども、以下の認定事実に照らすと、右自白は事実に反すると認めえないから、たとえ錯誤に出たものだとしてもその撤回は許されない。

二、次に、右訴外高橋から本件係争物件を買受けた者が控訴人であるか被控訴人であるかにつき審究する。

成立に争いのない甲第二号証(本件土地の権利証、甲第三号証と同じもの)、同第六号証(本件鉱泉地の権利証同第十一号証(本件温泉権に関するもの)が被控訴人の手中に存する事実、右各証拠に成立に争いのない甲第一、第四、第五号証及び原審(第一、二回)及び当審証人高橋清原審及び当審(第一、二回)証人川島秀夫、原審及び当審証人岡洋の各証言の一部、原審における被控訴本人尋問の結果並びに原審及び当審における控訴人法定代理人尋問の結果の一部を綜合すると、控訴人の親権者竹下和助は、かねて別府市内に生活の本拠を得たいと考えていたところ、昭和二十九年一月頃入湯のため別府市所在の和助宅に宿泊していた内妻みちよの実母国貞あさのから被控訴人夫婦並びに訴外吉村フキヱ(あさのの長女でみちよ及び被控訴人の長姉)夫婦を促して資金を融通させるようにするから住宅を建築してはどうかと話をもちかけられ、住宅建築に必要な宅地の購入を企てるに至つたが、間もなく被控訴人とその夫訴外岡洋から温泉付宅地を購入して貰いたい旨依頼され同人らのために宅地を購入すれば、それを家屋の敷地に使用させてもらえるものと考え土地を物色した結果、訴外川島秀夫の斡旋により本件係争物件をさがしあて、同年五、六月頃被控訴人夫婦からこれを被控訴人名義で買受けるよう委任をうけてその印鑑及び購入資金の送付をうけた上、同年六月十九日被控訴人のため訴外高橋清との間に本件係争物件を一括して代金二十一万円で買受けて同月二十一日代金を支払い、同日本件宅地については被控訴人のため所有権移転登記手続を終えたのであるが、本件鉱泉地及び温泉権については、他の共有者との連絡が十分でない等の事情から、その持分権の移転登記及び名義変更認可申請手続は後日に廻し、同月二十二日岡洋に対し右登記済証(甲第二号証)と被控訴人の印鑑を送付すると同時に、鉱泉地と温泉権については何事も他の持分権者と相談の上することになつているから登記等をしないままで送付する旨を記載した書簡(甲第四号証)並びに本件宅地、鉱泉地、温泉権一切の売買代金手続費用一切の計算書(甲第五号証)、本件鉱泉地の権利証(甲第六号証)、別府警察署長作成の本件鉱泉所有名義変更認定の件(高橋の前主福島美行が前々主園田盛より譲受けに関する)と題する書面(甲第十一号証)を同封して郵送したことが認められる。右の事実によれば、被控訴人が、和助を代理人として、昭和二十九年六月十九日訴外高橋清より本件係争物件一切を一括して買受け、その所有権並びに権利を取得したものといわねばならない。

(一)  もつとも、原審証人山崎幾平の証言により成立を認める乙第一号証の一、二、原審及び当審証人田坂積春、原審証人山崎幾平の各証言、原審及び当審(第一、二回)証人川島秀夫の証言の一部並びに原審及び当審における控訴人法定代理人尋問の結果の一部によると、和助みちよはあさのが家屋建築資金として七十万円の貸与を約したのでその送金を目当てに差し当り必要な資金として十万円を田坂積春より借用し、昭和二十九年三月十八日山崎幾平と建築請負契約を結び、内金として十万円を交付し、その証として乙第一号証の一を作成したこと、従つて控訴人主張の如くこれより以前の同月十二日頃控訴人は本件宅地を自己のため買受けたことを一応窺知し得る如くであるが、乙第一号証の一に貼用されている十円印紙は昭和二十九年四月一日印紙税法一部改正の際、同日大蔵省公示第五六号により同日より使用に供されるに至つたものであることは当裁判所に顕著な事実であり、特段の事情が立証されない以上、右書証が昭和二十九年三月十八日に作成されたものとはいえず、むしろ同年四月一日以降作成されたものと認めるの外なく、さらに、乙第一号証の二は山崎幾平が山崎フジヱ、山崎フユキを連帯保証人として控訴人から金十万円を利息月三歩弁済期を昭和二十九年六月末日と定めて借用した借用証書であるばかりでなく、この点に関して当審における控訴人法定代理人尋問の結果によればみちよ死亡後建築代金内入金を準消費貸借に改めたというけれども、原審における控訴人法定代理人尋問の結果によればみちよの死亡は昭和二十九年七月五日というから、右弁済期の定めについて首肯しえないものがあり、かつ、当審における控訴人法定代理人尋問の結果により成立を認める乙第十一号証の記載によれば、昭和二十九年五月末日右貸金の利息として千五百円を受領したことになつているからこの記載とも矛盾する。従つて、みちよが同年三月十八日頃田坂積春より十万円を借り受け、和助がこれをそのまま山崎幾平に交付したとすれば、それを家屋建築資金として交付したとは認め難いのであつて、前記各証言及び尋問の結果はたやすく措信し難く、また右乙第一号証の一、二の存在をもつて控訴人主張の日時に本件宅地の売買契約が成立したとすることはできないものといわなければならない。

(二)  成立に争いのない甲第十号証、原審及び当審における控訴人法定代理人尋問の結果によれば、和助は、昭和二十八年三月十七日、あさのの口添えにより上田千代子より二十万円を借用したことが認められるところ、右金員をもつて本件土地売買代金に充てたとする右控訴人法定代理人尋問の結果は、右借受日と代金支払日に介在する日数、成立に争いのない甲第十二号証の二、前顕乙第十一号証から推認しうる和助の経済状態及び原審証人国貞あさの、当審証人国貞実行の各証言と対比してにわかに信用しがたい。

(三)  前顕乙第十一号証(ノート)中に存する「別府市亀川町由原八一番地の四宅地六〇坪は昭和二九年三月一二日買入れて母アサノ三月二五日入湯時に建築費七〇万円を借用致す事約束致し京都帰りた」「昭和二九年五月二一日金八万円受取り昭和二九年六月一八日金一〇万円受取り」との記載は、当審における控訴人法定代理人尋問の結果によりこのノートの記載を引用したことが認められる前顕甲第十二号証の一、二(和助よりあさの家の書簡及び封筒)からみて昭和三十一年七月七日にはすでに記載されていたものと認められるが、その記載の位置、態様、インクの色調、前後の内容などからして、同一機会に一括して記載されたものと認められ、しかも本件訴訟に関連する事項に限られていることに徴し、前顕各証拠と対比して判断すれば、真実に合致する記載であるとはたやすく信用できない。

(四)  控訴人は昭和三十一年九月十一日控訴人法定代理人和助により前主訴外高橋清から右鉱泉地、温泉権を代金三万円で自己のため買受け、その旨右鉱泉地の持分権移転登記をなし、かつ、温泉台帳に権利者を控訴人名義に変更する旨登載をうけたと主張し、成立に争いのない甲第七、第八号証の一ないし三、同第九号証の一、二、原審及び当審(第一、二回)証人川島秀夫の証言並びに原審及び当審における控訴人法定代理人尋問の結果は、右の主張に副うけれども、原審(第一、二回)及び当審証人高橋清の証言と対比してこれを措信することはできない。

(五)  その他控訴人の主張に副う原審証人瀬口スヱノ、同竹下茂、当審証人川崎才太、同伊藤倉太の各証言部分は前顕証拠に照らしたやすく措信し難く、成立に争いのない乙第四、第六号証は控訴人の主張を認めるに足る資料とはなし難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

第二、一、ところで本件宅地上に控訴人が被控訴人主張のような居宅一棟、浴場一棟及び石塀門扉を築造設置して該宅地を占有して来たところ、昭和三十五年七月四日引受参加人において控訴人より右諸物件を買受け、右宅地全部を現に占有していることは当事者間に争いがなく、本件宅地が被控訴人の所有に属することは前段認定のとおりである以上、控訴人が他に正当の権原があつて右宅地を占有しこれを適法に引受参加人に承継したこと、或いは、引受参加人において占有権原を新たに取得したことの主張立証のない本件においては、引受参加人において該宅地を不法に占有しているものと認めざるをえないから、被控訴人が、右家屋、工作物を収去して本件宅地の明渡を求める請求は正当といわなければならない。

二、次に本件鉱泉地の四分の一の持分権につき、昭和三十一年九月十一日訴外高橋清より控訴人に、次いで控訴人と引受参加人間に昭和三十五年七月四日成立した右持分権の売買契約により同月七日控訴人より引受参加人に移転登記のなされたことは当事者間に争いがない。しかし右持分権の取得者は被控訴人であつて控訴人でないことは前示認定のとおりであるから、控訴人及びその譲受人である引受参加人において右の持分権を取得するいわれなく、控訴人ひいては引受参加人の右持分権についての前記取得登記は事実に符合しない無効のものである。しかして真正な権利者である被控訴人は右持分権の真正な公示を顕現するため引受参加人に対し、現存する前記登記の抹消に代え被控訴人に直接持分権移転登記を求めることが許されるのであるから、引受参加人に対し本件持分権移転の登記手続を求める被控訴人の請求は正当である。

三、控訴人法定代理人竹下和助が、本件温泉権の四分の一の権利につき、昭和三十一年九月十一日大分県知事に対し、訴外高橋清より控訴人名義に変更の認可申請をなし同年十月八日これが認可されて大分県別府保健所の温泉台帳にその権利者を控訴人名義に変更する旨、その後昭和三十五年七月四日右権利を引受参加人に譲渡し、大分県知事に対し引受参加人名義に変更の認可申請をなし同年十一月十六日これが認可されて右温泉台帳にその権利者を引受参加人名義に変更する旨各登載されていることは当事者間に争いがない。しかして、大分県別府市地方においては湧出温泉につき増堀浚渫ないしは引湯等の利用をなしうる直接排他的な支配権が温泉権又は鉱泉権と称せられ、そしてこの権利はその鉱泉地と離れた独立の財産権であることは当裁判所に顕著な事実であり、右権利の帰属が争われている本件にあつては被控訴人において鉱泉地持分権とは別個の権利として、温泉権が自己に属することの確認を受ける利益の存することは明らかであるしかして、右権利を訴外高橋清から取得したのは被控訴人であつて控訴人ではないから、引受参加人において右権利を控訴人から取得するいわれはない。されば、引受参加人に対し、右の権利が被控訴人に属するとしてその確認を求める被控訴人の本訴請求は正当である。

四、次に、引受参加人に対し、大分県知事に右温泉権を温泉台帳に登録する申請手続をなすべしとする被控訴人の請求につき按ずるに、大分県温泉条例第三条は「温泉権の所有者が変つたときは、六十日以内に左に掲げる書類並びに大分県使用料及び手数料条例に定める手数料を添えた申請書(第二号書式)を知事に提出して、その認可を受けなければならない。一、土地所有者本人の場合は土地謄本又は抄本、他人の場合はその使用権の証明書二、譲受人法人の場合はその定款又は寄附行為の写三、名義変更の事由と称する証明書四、譲受人の印鑑証明書又はこれを立証する証明書」と規定し、右第二号書式(温泉権所有者名義変更認可申請書)には、譲渡人並びに譲受人の各記名押印を要請しているから、右第三条の解釈として右認可申請は原則として共同申請を立前とし、各当事者には申請手続に協力すべき義務があるものというべきであるしかも大分県別府市地方においては、温泉法施行手続(昭和二十四年十一月一日大分県訓令第十二号)第八条所定の温泉台帳に温泉権利者として登載をうけることによつて、恰も物権につき登記をうけるのに類似した事実上の公示作用を営んでいることは当裁判所に顕著であるから本件温泉権の四分の一の権利について、温泉台帳上権利者として表示されてない真正な権利者である被控訴人は事実に符合しない無効な登載をうけている引受参加人に対し、温泉権の真正な帰属を温泉台帳上顕現するための申請手続を大分県知事に対してなすべきことを訴求する利益なしとしない。しかして被控訴人は引受参加人に対し無効な右登載の抹消申請手続をなすことに代え温泉権所有者名義変更認可申請手続をなすべきことを求める方法によることも許されると解すべきであるから、引受参加人に対し本件温泉権の四分の一の権利について、大分県知事に対し、被控訴人を権利者とする名義変更認可申請手続を求める被控訴人の請求も正当といわなければならない。

第三、以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、いずれも正当であつて認容すべきものであり、右認定と同旨に出た原判決は結局相当であり、本件控訴は失当として棄却し、当審における請求の趣旨拡張部分について当審が初審として主交第二及び第三項のとおり判決し、引受参加人と被控訴人間に生じた訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十四条後段第八十九条を適用して主文第四項のとおり判決する。なお、当審における引受参加並びに原判決主文第一項掲記の家屋の増築に伴う表示の訂正がなされたので、これを明らかにするため、主文第五項のとおり原判決主文第一ないし第三項を変更することとし、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行 藤原昇治 早瀬正剛)

実測平面図〈省略〉

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